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中陰壇と仏壇の違い

中陰とは

中陰壇とは、中陰(死後四十九日間)の期間、遺骨や位牌や遺影を祀る祭壇のことです。 先祖の祭壇である仏壇と、故人の祭壇である中陰壇は明確に区別されます。死後まもなくは、故人はご先祖様の仲間入りができないのです。死霊(荒魂)である故人を四十九日間かけて祖霊(和魂)に昇華していくのが民俗学者の柳田国男が理論づけた霊魂昇華説です。

日本古来の民俗学的には、四十九日という期間は古代の「殯(もがり)」という葬法や、日本独自の「死穢」の観念に通底しています。

また外来の仏教的には、輪廻転生の裁きを受けるまでの四十九日間を中陰と呼び、古代インドから実践されていた考え方です。

中陰壇はなぜ白い?

さて、仏壇と中陰壇の違いを問われると、そのうちの大きな特徴として、中陰壇で使われる仏具は、すべて白だということが挙げられます。

まず何より祭壇は白木を使用し、さらにその上から白布を掛ける。位牌も白木、花立ても、灯明立ても、香炉も、仏膳の器も、すべて白い無地の陶器の仏具を用います。

考えてみればお葬式の場面ではさまざまな「白」があります。故人に着せる仏衣も白、葬儀の祭壇も白木ですし、これはあまり知られていないかもしれませんが、明治以前の喪主の服装は黒ではなく白でした。喪装が黒になったのは明治に入ってからで、海外のスタンダードに日本が合わせたのです。

元来、お葬式の場では、人々は白いものに身を包み、白い祭壇や仏具で故人を祀ったのです。

これの理由には2つの理由があったと思われます。

1つは「白」という色が持つ象徴性です。白という穢れのないものを揃えることで、死穢という不浄のものから(死穢のことを「黒不浄」とも呼びます)身を守ったり浄化させようとしたのではないでしょうか。

もう1つは葬儀で使用する道具を急造で拵えないといけなかったという物理的な理由です。あるいは、葬儀で使用する道具が一時的な間に合わせのものだったからではないかということです。

人の死はいつ訪れるか分かりません。突発的な時もあります。ですから、「すぐに用意できるももの」であることが前提でしたし、その道具も四十九日が経てば不要になるために、「間に合わせ」のものでよいのです。

ひとつ例にあげますと、本位牌は漆を塗って金箔を押して文字を彫るという工程をとりますが、とても死後一日二日で用意できるものではありません。死後の位牌は白木を用いました。

棺も村人たちが組み立てましたし、すぐに入手できる木材で組み立てて死者を早く棺の中に納めることの方が先決でした。白木の棺に、遺体を納めたわけです。

忌明け後は中陰壇は使わない

中陰を終えますと、「忌」を断ち切るためにこれまで使用してきた中陰壇は不要となります。葬儀社に返却するか、あるいはご自分でゴミとして処分しましょう。

忌が明けると、故人は「荒魂」から「和魂」へ、つまりは死霊から祖霊になり、晴れてご先祖様の仲間入りとなります。仮の祭壇や仮の位牌や仮の仏具が白木や白のものであったのに対し、これからお祀りするものは塗りや唐木のものを選びます。そのため、本位牌は忌明け法要までに用意しなければなりませんし、位牌を安置する仏壇がない方は仏壇の用意も必要です。

中陰壇を続けて使用してはいけないのかという質問をよく受け付けますが、上に記したようなことをご理解いただいた上でなのこと使用したいというのであれば構いませんが、祭壇そのものに色を付けたり、色物の布を被せたり敷いたりします。お葬式をいつまでも葬儀を引きずらないようにしましょう。