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神式のお葬式 日本人の他界観と神葬祭

神道の形式で行われる葬儀は「神葬祭」と呼ばれます。

神葬祭では故人にその家の守護神になってもらうための儀式です。仏葬が主流な中、あまりなじみがない神葬祭がどのようなものなのか、まずは日本人の他界観と、神葬祭の歴史を簡単に触れてみます。

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日本人の他界観

神道は日本人の生活の中での自然崇拝や先祖崇拝から生まれ出てきた神観念ですから、仏教やキリスト教のように開祖がいるわけでもなく、教義を束ねる経典もなく、論理的に体系化されているわけではありません。

ですから、現代においても地域によって、あるいは葬祭を行う神社によって、さらには斎主となる神職によって、葬儀の進め方が異なることがあります。

仏教の多くはこの世ではない「あの世」を想定して、その仏国土に死者を送りだすのが葬儀の本義でした。

神道にも「黄泉の国」という概念がありますが、それらはあくまでも概念であり、たとえば、死の恐怖や不安が極楽のような「あの世」が解消してくれるとは全く期待しない本居宣長のような人もいれば、霊魂は不滅で幽冥界に生き続け、死後の霊は現世の人と祭を通じて交わることができると考える平田篤胤のような人もいますし、同時代の国学者たちによってでさえ、考え方が異なります。

日本人の他界観を大雑把に言ってしまうと、「人は死ぬとカミになる」ということです。

住まう地域が海か里か山かによっても分かれますが、日本人の他界観の中心は山上他界、すなわち死ぬと人の魂は山に留まる、という信仰です(ちなみに海上他界として有名なものに、茨城県大洗町の神磯、和歌山県熊野地方の補陀落渡海、沖縄のニライカナイ信仰などがあり、これらはみな、海を生活の場としている人々にとっての他界観を示しています)。

民俗学の世界(葬送習俗用語)では「ヤマ」とは葬場のことを指します。愛知県海部郡では墓のことをヤマと呼び、大和地方の東北部では墓堀人のことをヤマシと呼んだそうです。このような事例は他にも数多く点在しています。

日本中どの村にも神社がありますが、それらは大体が山あいや森の中にあります。33回忌(地域によっては50回忌)の弔い上げを済ませると、死者の魂は昇華されて村のカミとなって子孫の生活を見守ってくれるとされています。正月に初詣に出向くのは古い祖先たちへの挨拶であり、年に一度の祭で神輿に氏神を乗せて村の中を練り歩くのは、古い祖先を里に迎え入れる儀式でもあったわけです。

日本の民間宗教は神仏習合ですから、これらの他界観の中に仏教の要素も大きくあるわけですが、「人は死ぬとカミ」になるという考えは仏教伝来以前からのものだといわれています。

神葬祭の歴史

神葬祭とは、仏葬に対して起こった名称です。日本では葬儀は長らく仏教の役割とされてきました。

仏教伝来以前の葬儀はどうだったか。古典を紐解きますと『古事記』『日本書紀』『常陸国風土記』などに当時の葬儀の様子が書かれています。

ところが奈良時代以降は葬儀は仏教の手に委ねられ、以降、葬儀といえば寺院が専門に行う儀式のように考えられました。

江戸時代に入りますと、キリスト教取り締まりのために寺請制度が敷かれ、庶民は必ず村の寺院の檀家になることが義務付けられました。各村の寺院が村人を管理する権力を与えられ、葬儀の斎主は完全に仏教寺院の役割となりました。

しかし同時に江戸時代には復古思想の台頭により国学がさかんに研究され、檀家を離れて神道独自の葬儀をしたいという要望が全国の神職に広まりました。いわゆる神葬祭運動と呼ばれるもので、幕府は吉田家の許可を得た神職のみに神葬祭を行うことを認めましたが、社会全体としてはやはり仏葬が採用され、徳川幕府の基本方針もこれに変わりはありませんでした。

明治維新の廃仏毀釈により神道は国教として復権し、神葬祭が政府によって推奨されました。神葬祭専用の葬場として青山霊園が設立されたのは有名な話で、仏教の習俗であるとして火葬も禁止されました。しかし、江戸時代からの長年の慣習はなかなか改め難かったのか、仏教形式の弔いの方が民衆感情に寄り添っていたようであり、火葬禁止令も2年足らずで解禁となりました。

結果として葬儀に関しては仏教が受け持つという流れは現代にいたっても変わりません。

まとめ

以上のような歴史を踏まえ、日本人は、葬儀から33回忌(弔い上げ)までを仏教に、それ以降の祖霊の祭祀を神社によって行うという役割分担を上手にしていると言えます。

死者の霊を葬儀によって鎮め、四十九日を終えると位牌を構えて祖霊(先祖)として祀り、33回忌を終えると祖霊の個性はなくなり、村全体の神霊(氏神)として山に帰って私たちを見守ってくれるという一連の死生観が、日本各地で四季折々に行われる祭礼や、日本の原風景や文化や生活の中に見いだせるものだと思われます。

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